40歳を過ぎてからプロテストに合格し、ツアーデビューを果たすなど、プロコーチの枠組みを超えた活動が大きな反響を呼んでいるプロゴルファー・中井学。
そんな中井が自らの波乱万丈のゴルフライフを振り返る連載。第8回は、インストラクター中井学を生んだ運命の出会いを振り返る。

漆黒の闇に吸い込まれるように飛行機は関西空港に降り立った。12月も日中は半袖で過ごせる南カルフォルニアから数年ぶりに味わう日本の冬は、帰国を後悔させるほど寒かった。4年制大学に進学できず、プロ転向も叶わなかったことは悔しくてたまらなかったが、反面、幾度となく日本に帰りたいとも思っていた。

このレベルで戦うことなんてできない

USPGAツアーの試合を何度も観ては「このレベルで戦うことなんてできっこない」だからこの帰国はアメリカから逃げたんだと。その想いは常に自分を苦しめていた。話は逸れるが、先日石川遼プロがアメリカから一旦撤退し、今年は日本ツアーをメインに活動すると表明した。賛否は分かれるだろうが、日本ツアーでどれだけ活躍しても、USPGAツアーから逃げたという思い、もしくはその批判を背負って戦う、その辛さは誰よりも理解できる。彼はまだ若い。日本で調子を戻して、再び羽ばたいてほしい。

アメリカ仕込みのゴルフを教えてあげて

帰国してからしばらくは、何をすればいいかわからずただ焦る日々。「まずはプロテスト受験かな」と、情報収集をするため、以前通っていた橿原中央ゴルフセンターに行ってみた。ここは谷口徹プロも大学時代、腕を磨いていた練習場で、何かわかるかなと思ったが、知っている人が誰もいない。収穫ゼロのまま帰ったら、父が仕事先のゴルフコンペから帰ってきた。開口一番「あの橿原中央におった川合支配人覚えてるか?」「今日、会いに行ったらおらんかった」と私。「さっきゴルフ帰りに新庄ゴルフセンターってとこに寄ったら、中井さん?って声かけられたから、誰かと思ったら川合さんで、今新庄で支配人してるって。でな、学ちゃんどうしてるの?って聞かれたから、アメリカから帰ってきたから、こんど挨拶に行かせるって言っといたから」

飛んでいきましたよ、翌日(笑)。

「プロになりたいんやったら、ウチで練習し。ゴルフ場も紹介してあげる」こうして私は新庄ゴルフセンターで練習し、紹介していただいた吉野カントリークラブでラウンドをさせていただく環境を得た。このご縁が無ければ、今の私はいないと思っている。実は川合支配人とこの取り決めをした帰り、あまりの嬉しさに「ヤッター!」と飛び上がり、車のハッチに頭をぶつけて流血騒ぎに。「感謝を忘れるなよ」とゴルフの神様に一発殴られたに違いないと、額に残るキズをさすりながら、プロテストに向けて、一球、また一球と球を打ち続けた。

そして迎えた最初のプロテスト。プレ予選から一次、二次、そして最終と4つのステージをクリアしなければならない。プレ予選は順調に通過した。ゴルフ場がアメリカより易しく感じたせいだ。「この勢いで」臨んだ一次でフェアウェイに打ったティーショットが見つからずロストボール。これに動揺してボギーが止まらなくなり、呆気なく敗退。脆かった。傷心で新庄に戻った私に川合支配人が「親のスネかじるの嫌いやろ。だったら新庄でアメリカ仕込みのゴルフをお客さんに教えてあげて。その稼ぎでツアー選手目指したらええ」

こうしてインストラクター中井学は誕生した。
(文/中井 学)

画像: 中井学(なかい・がく)1972年4月14日生まれ。高校卒業後に渡米し、苦学しつつゴルフの技術を磨き、見識を深めて帰国。ツアープロコーチとして長く活動した後、2015年にプロテスト合格 2016年、東建ホームメイトカップでレギュラーツアーデビューを果たす

中井学(なかい・がく)1972年4月14日生まれ。高校卒業後に渡米し、苦学しつつゴルフの技術を磨き、見識を深めて帰国。ツアープロコーチとして長く活動した後、2015年にプロテスト合格
2016年、東建ホームメイトカップでレギュラーツアーデビューを果たす

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