美らオーチャードゴルフ倶楽部は、沖縄本島中央部、東シナ海を見下ろす丘陵地に造られた18ホール。かつては「大京カントリークラブ」と呼ばれ、1983年から1999年まで、男子ツアーの最終戦が行われていたコースだ。

沖縄ゴルフの歴史とともに

沖縄ゴルフの歴史は、1948年に米国陸軍が造ったアワセメドウズゴルフコース(泡瀬ゴルフ場)に始まる。名匠・井上誠一が設計したアワセが2010年に閉鎖され、1970年開場の美らオーチャードゴルフ倶楽部は、本コースとしては沖縄カントリークラブ(1965年)に次ぐ、沖縄で2番目に古いコースとなった。

米国の統治下にあった沖縄が日本に返還されたのは、美らオーチャードゴルフ倶楽部が開場した2年後、1972年(昭和47年)のことである。50年近い歴史を持つこのコースは、沖縄ゴルフの歴史そのものといっても過言ではないだろう。

日本のゴルフ史は、神戸の六甲山上に4ホールが造られた1901年に始まる。それに遅れること47年。決して恵まれたスタートとはいえない沖縄から、宮里藍、上原彩子、諸見里しのぶ、宮里美香などの世界に通じる女子ゴルファーが続々と誕生したのは、決して偶然ではない。

トップレベルのプレーぶりを肌で感じることができるトーナメントを開催し、ジュニアゴルファーを様々な形で応援してきたコースがあったからこそ、沖縄のゴルフは“ゴルフ天国”と呼ばれるまでに発展したのである。

画像: かつては男子ツアー最終戦を開催した、戦略性豊かなコース

かつては男子ツアー最終戦を開催した、戦略性豊かなコース

すばらしいコースクオリティと景観がプレーヤーを魅了する

美らオーチャードゴルフ倶楽部となったいまも、トーナメント最終戦の舞台として知られたコースのクオリティはいささかも損なわれてはいない。設備やメンテナンスは、むしろ向上したといっていいだろう。

画像: 東シナ海を臨み、すばらしい景観が広がる

東シナ海を臨み、すばらしい景観が広がる

ガジュマルや南洋杉の樹木に囲まれたコースには、大京オープン開催当時と変わらぬ東シナ海からの風が、いまも心地よく吹いている。

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