フェニックスカントリークラブのゴルフコースとしての素晴らしさは、1974年以来、この地で開催されてきた「ダンロップフェニックストーナメント」(今年の開催は11月16日から19日)の歴史を振り返れば、一目瞭然だ。

世界のトッププロが挑戦し、名勝負の舞台となったトーナメントコース

毎年、このコースの持つ戦略性の高さを物語る名勝負が繰り広げられ、歴代優勝者には第1回のジョニー・ミラーをはじめ、トム・ワトソン、セベ・バレステロス、タイガー・ウッズなどメジャーチャンピオンたちが名を連ねる。

フェニックスカントリークラブが高いクオリティを持つコースだからこそ、この「ダンロップフェニックストーナメント」は長年に渡り、世界基準のトーナメントとしてのレベルを守りつづけることができたのだ。

国内最高峰のゴルフトーナメントの舞台として、進化しつづけるゴルフコース

コースを取り囲む黒松の森

実はもうひとつ、フェニックスカントリークラブが守りつづけているものがある。それはコースを取り囲む黒松の森である。

フェニックスカントリークラブが位置するのは、宮崎市の日向灘に面した一ツ葉海岸。南北にほぼ一直線の砂浜がつづくこの海岸に、黒松の森ができたのは江戸時代中期のこと。近隣の住民たちの暮らしを強風や塩分の進入から守る防風林として、南北約11km、幅約1kmに100万本以上の黒松が植林されてきた。

200年以上の歴史をもつ一ツ葉海岸の松林だが、現在は松の大木をほとんど見ることができないという。昭和初期から「マツの材線虫」によるたび重なる被害に見舞われたことや、戦時中の「松根油」の採取、台風の被害により、大部分の松林が喪失したからだ。現在の姿にまで回復するには、並々ならぬ苦労があったに違いない。

画像: ホールをセパレートする黒松がコースの戦略度を高める

ホールをセパレートする黒松がコースの戦略度を高める

その黒松の森を「宮崎県の、そして日本のかけがえのない財産として守り、はぐくみ、次の世代に引き継ぐ」ことを目標に掲げてきたのが、実はフェニックスカントリークラブであり、フェニックス・シーガイア・リゾートなのである。

もしこの地を訪れることがあれば、ホールをセパレートし、空中のハザードとして立ちはだかる黒松の森に、こんな物語があったことを思い出していただきたい。

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