40歳を過ぎてからプロテストに合格し、レギュラーツアーデビューを果たすなど、プロコーチの枠組みを超えた活動が大きな反響を呼んでいるプロゴルファー・中井学。そんな彼が、レクサスカードゴルファーズサロン限定で、自らのゴルフライフを振り返る。今回は、青くて苦い、若き日の思い出。

「5球打ったらソーダのアイスが買えるじゃないか」

私のコースデビューは京都にある美加の原カンツリークラブだった。スコアはちょうど120。ドライバーはチョロ、アイアンはダフり、バンカーからホームラン。でも楽しかった。

週一で練習場にも通った。1回250球、入場料を入れて2,800円は中学生の私には大金だった。「5球打ったらソーダのアイスが買えるじゃないか」比較する対象がなんとも幼稚ではあるが、お金がかかっていることに子どもながら戸惑いがあった。「これだけお金をかけてくれているんだ。うまくならなきゃ」これが当時の私のモチベーションだった。

裏の田んぼで素振りを繰り返し、工事中だった運動公園に忍び込みアプローチ練習をした。(時効ということにしてください。スミマセン。) 最初にもらった9番アイアンのソールの9の字が削れて消えた時、樟葉(くずは)パブリックゴルフコースで73が出た。漠然とした考えが頭をよぎる。「プロになれるかも」自分にはプロになれる才能があると勘違いをしてしまった。ゴルフを始めてまだ1年半しかたっていなかったから。

画像: 「5球打ったらソーダのアイスが買えるじゃないか」

高校はゴルフを続ける上でお金のかからない公立で、且つ一番通学時間がかからない学校を選んだ。学校にも友人にもゴルフをやっていることは伏せていた。お金のかかるおじさんスポーツのゴルフをやっていると負い目を感じていたのかもしれない。

人生のターニングポイント

そんな中、私の人生のターニングポイントとなる「事件」が起きる。当時高校生としての試合は春、夏2回行われる全国高等学校ゴルフ選手権(日本ジュニア選手権)だけで、その地区大会である関西ジュニア選手権の予選に出場するため電車で会場に向かっていた。

通勤ラッシュで混み合う車内、学生服を着てキャディバックを持つ私にある乗客が「おいおいクソガキがゴルフなんかしよって」と言い放った。全身の震えが止まらない。他の乗客の冷たい眼差しが辛くて、駅に着くまでずっと目を閉じていた。「僕はやってはならないものをやっているのか?」高校3年時に日本ジュニアに出場するも、初日の18番ホールで8をたたき予選落ち。私の高校3年間のゴルフ生活はひっそりと幕を下ろした。

大学受験、国立大学を目指した。当然ゴルフを続けるためだ。結果は不合格。
予備校の申し込み用紙に記入を終えたあと、ゴルフクラブを一本一本丹念に磨いた。「今までありがとう、本当にありがとう」物置の奥にクラブを押し込み、ゆっくりと扉を閉めた。「さようなら」

「やってはならないもの」ゴルフに別れを告げた瞬間だった。

(文/中井学)

画像: 中井学(なかい・がく)1972年4月14日生まれ。高校卒業後に渡米し、苦学しつつゴルフの技術を磨き、見識を深めて帰国。ツアープロコーチとして長く活動した後、2015年にプロテスト合格。2016年、東建ホームメイトカップでレギュラーツアーデビューを果たす

中井学(なかい・がく)1972年4月14日生まれ。高校卒業後に渡米し、苦学しつつゴルフの技術を磨き、見識を深めて帰国。ツアープロコーチとして長く活動した後、2015年にプロテスト合格。2016年、東建ホームメイトカップでレギュラーツアーデビューを果たす

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