40歳を過ぎてからプロテストに合格し、レギュラーツアーデビューを果たすなど、プロコーチの枠組みを超えた活動が大きな反響を呼んでいるプロゴルファー・中井学。そんな彼が、レクサスカードゴルファーズサロン限定で、自らのゴルフライフを振り返る。

初めてのゴルフ場は、父に抱かれて行った「くずは国際トーナメント」

私とゴルフの出会いは、遡ること44年、父に抱き抱えられて行ったくずは国際トーナメントだった。その前年、新人にして年間10勝と鮮烈なデビューをしたジャンボ尾崎さん観たさだった。とはいえ私はまだ1歳になったばかりで記憶はまるでない。

なので聞かされた話なのだが、私はジャンボさんを見た瞬間、ギャーギャーと泣き出したそうだ。「ん?オレがそんなに恐いか?」ジャンボさんからの一言でどっと沸くギャラリー。泣きじゃくる私…。2017年東建ホームメイトカップ初日、私の前の組でプレーするジャンボさんの姿に少しウルっときた。ジャンボさんには泣かされっぱなしだ(笑)。

画像: 44年前、赤ん坊だった中井は尾崎将司と出会い、44年後、同じ舞台で戦った

44年前、赤ん坊だった中井は尾崎将司と出会い、44年後、同じ舞台で戦った

プロフィールではゴルフを中学2年頃に始め、としている。それまでにも何度か打ちっ放し(練習場)に連れていかれたことがあるし、3歳頃にプラスチック製のクラブでボールを打つ写真も見たことがある。ただ、私のゴルフの師匠でもある父に「ゴルフをする」と宣言しコースデビューを果たしたのが中学2年だったのだ。

「オヤジのスポーツで挫折したら人生終わりだ」悲壮感で幕を開けたゴルフ人生

ゴルフが好きで始めましたと言いたいところだが、実は少し違う。山本浩二と衣笠祥雄に憧れるカープファンの野球少年だった。(今はカープの動向が気になるタイガースファン)地元の少年野球チームにも入っていたが、小学2年生の時にジャングルジムから転落して骨折した左腕がバットを振るたび痛くてたまらない(そのケガが後の人生に大きな影響を及ぼすことになる)。

痛みに耐え切れず、野球を断念。その後、右腕だけなら何とかなるかもと思い始めた剣道もやはり痛くて挫折。運動していないとまったく痛みを感じない左腕に、根性がないから痛くなるのだと思いこみ、そんな自分がどんどん嫌いになっていく。

中学入学後も運動部には所属せず、本に救いを求めていた。当時よく読んでいたのは、三島由紀夫、ドストエフスキーにカフカ(救いどころか、暗くなる一方……)。見るに見かねた父が「ゴルフくらいやっとかなオカシくなるでぇ」と。今思えばありがとうの一言だが、当時の私は、ただでさえスポーツで挫折を繰り返しているのに、こんなオヤジスポーツのゴルフで挫折したら人生終わりだなという悲壮感しか持っていなかった。

とある日曜日。近所の練習場へ。パワービルト社製スコッチブレードの9番アイアン1本を渡され、グリップの握り方を教わる。「あとはオレを真似ろ」父の無責任な一言で私のゴルフ人生は幕を開けた。

画像: 中井学(なかい・がく)1972年4月14日生まれ。高校卒業後に渡米し、苦学しつつゴルフの技術を磨き、見識を深めて帰国。ツアープロコーチとして長く活動した後、2015年にプロテスト合格。2016年、東建ホームメイトカップでレギュラーツアーデビューを果たす

中井学(なかい・がく)1972年4月14日生まれ。高校卒業後に渡米し、苦学しつつゴルフの技術を磨き、見識を深めて帰国。ツアープロコーチとして長く活動した後、2015年にプロテスト合格。2016年、東建ホームメイトカップでレギュラーツアーデビューを果たす

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